第十一回 観光しましょう・盛の朝市
「はいただいまよー」
金野さんはからららと玄関の戸を開けて中に入ります。
やっぱり鍵はかけていないようです。
「あんだこれからなじょするにしろ、一回荷物おがいや」
これからどうするにしろ、確かに荷物は邪魔ですね。
「あ、は、はあ。ありがとうございます」
外があんまりあかるくて、家の中が真っ暗に見えます。
あまり立派な家ではありませんが、大きな家です。
「なんか、行きたいどこある?」
「え、あ、えと」
ふとおばあさまの顔が思い浮かびます。
「朝市」
金野さんは腕時計を見て言います。
「ハイハイ。おらもついでに塩雲丹でも買うべがな。ほんだらもっかいバイク乗らい」
「はい」
「あとコレ持って」
空のリュックを渡されました。何となく、背負いました。
また同じ道を通って、駅前を過ぎてすぐの所の道で、朝市は開かれていました。
車を通行止めにして、のんびりとした雰囲気です。
金野さんは空き地にバイクを停めました。
海産物や花や、野菜や果物や乾物やちょっとした小物、お菓子や生活用品が並べられていますが、そんなに客もおらず、空が青いばかりで、朝市の活気と言うものには程遠い様子です。
もっとこう、呼び込みとか、人でごったがえしたりとか。
あなたはそう思いますが、全くありません。
おじさんやおばさんが、売り物の後ろで物の整理をしていたり、世間話をしていたりしますが、基本とても静かです。
海産物には蠅がつき、それを手で払ったりしています。
客はそれを気にもせずに買います。
「蠅」
ついあなたは呟き、金野さんは眉を寄せます。
「あん」
「魚に蠅着いたのに買った」
「あそこの魚いいんだ。いいのばり持って来でるし安い」
「だって蠅着いたのに」
「港でも船でもつくべよそんなもの」
「きっ汚いじゃないですか」
金野さんは面倒くさそうに言います。
「お前パックに入ったまま魚海さいねぇど食えねぇの? 気になるなら洗って焼いだらいいべ」
「や、野菜だって土着いてたら敬遠されるでしょ」
「もやしとカイワレばり食べらいや。土からでねぇでどっからでるのよ」
「よく洗って売ったらいいじゃないですか」
「その分高くなってうまぐなぐなるんだ。わがるべ」
まぁ。
言われればそう。
だな。とあなたは思います。
「と、いうわげで夕飯ばその蠅のついだカレイの干物にするべが。とーさんそれけらい。なんぼだれ」
「うわ意地悪だな」
あなたの呟きは無視され、お店の人が挨拶もせずに言います。
「あれ金野さんホヤあるぞ」
「何や夏でもねーのに」
「海流変化だべ。一カ所だげだ。こどし夏早ぇぞ。ほんでそれがらさむぐなって、まだ夏だあづいぞ」
「そうが、ほんだら台風でがいべな。株買うべが長谷工とがのよ」
「いいんでないの儲けらい」
がははと二人は笑い、あなたはふと、先刻の乾物やさんを見つけます。
「あ、あの、さっきは」
「あら来たのォ」
おばあちゃんが笑います。
「トトロ昆布けっから湯餅にせらい。お肌にいいよ」
ゆもちってなんだろう。と思ってるうちにビニールにいれられます。
「あああ、いや、買います!」
「いいんだでば売るほどあっぺし」
おばあさんはケラケラ笑います。もらわないと収まらないようです。
「じゃぁ……ゆもちにします……ありがとうございます」
「ハイハイ」
おばあさんは笑って、折りたたみ椅子に座ります。
「こっちござい。背中向けて」
金野さんに唐突に言われます。なにかと思ったら、買った物をどんどん突っ込まれました。
「なに、なんですか」
「魚たべーほやだべーわかめだべー林檎だべーらくがんだべー大福だべー? 菜っ葉だべ芋だべ布草履だべー茶ッパのいいのだべ、湯飲みだべ箸だべ今日発売のエロ本だべ」
「食べ物く、くさらないかな」
「預けるがら平気だ。よし、ほんだら観光だ。天神山と今出山と五葉山と碁石と吉浜まわるべがー」
「や、や、山がみっつ、あったですよね今」
「なに、一個はすぐだ。アレさ」
金野さんは、朝市の道の向こう、斜面が全部満開の桜で、つづら折りの道にピンクの提灯が飾られた山を指差しました。
「お参り行くべぇよー。祭神天照大神様だでは」
続く。