第十三回 観光しましょう。碁石海岸・1
けっこう立派なお社に参拝して、顔を上げると金野さんが言いました。
「はいほんでは戻るど」
金野さんに言われてあなたはつい横目で見てしまいます。
「……こんな思いしてのぼってきたのに?」
「見る物ねーべや。碁石さ行って戻ったら、駅前の寿司屋で寿司くうべよ。ほんでそのあど吉浜さ行って、五葉さ行って」
「すみません山もういいです」
「なんでやーあ!」
「しんどいですもん!」
「何やこんくらいで」
「ちょ、あの、都会の若者の意見聞きたいんですよね?」
「はぁまず」
「何ですかその曖昧な間」
「いやおもしろくでな」
「おもしろがられたら面白くないです」
「やんだーあんだ真理だなやー!」
心底感心して言われてちょっといらっとしますね。
ファイト。
「わかりました、じゃあその碁石に連れてって下さい」
「おし、降りるど。階段で行くべ」
「え」
金野さんはすたすたと行ってしまいます。
階段の下りは早いですがとても怖いです。
手すりがあってよかったですよね。
金野さんはメットを渡してくれました。
荷物はあとで取りに来るようです。
あなたを後ろに乗せて、バイクは走り出します。
方角は、高田に戻る感じですね。道は国道。四車線です。
途中きつい坂を登り、見晴らしがいいです。海が綺麗です。
人の暮らしが見えます。
干された洗濯物、古い倉、量販店、網を干している家もあります。遠く霞む山。空の青はどこか薄いです。
風が吹くと少しきついほどの桜の香り。椿と小手毬の溢れる家々の庭。
光る海。
下って、やがて線路と並走します。また上がって、海が近いです。魚市場が見えます。カモメが山になっています。廃棄された魚に群がっているのでしょう。
もう市場は閉まって、静かです。
また下って少し行くと船が停泊している湾に出ます。
細浦湾です。
少し生臭い、静かな道です。
人があまり見えません。
ただ、古い小さな家々と、花が。
若い緑が。
緑色に光る、海が。
そして使い込まれて手入れをされた船がたくさん、舫って、揺れています。
そこを過ぎてまた畑や民家のある景色。
堤防を過ぎて、また上ってやっぱり海が見えます。
登りきると松林です。
その手前に大きな駐車場があって、レストハウスがあります。
大変昭和の香りがします。
人はあまりいません。
左手に温室の様な物があります。
「世界の椿館」と言って、椿を集めたところです。
大船渡市の花は椿です。
レストハウスの駐車場はぐるりと大きな桜に彩られています。
今、満開です。
金野さんはがらがらの駐車場にバイクを停めました。
「着いたど」
「……はい」
あなたは降りて、メットを金野さんに渡しました。
遠く、どろどろと波の音がしています。
そのほかは全く静かで、鳥の声だけします。
「俺ここ好きなの」
「はあ」
金野さんは歩き出します。
桜が見事です。
ここでお祭りがあって、その時には鹿踊りが披露されます。重い装束と太鼓をつけて、1メートルも跳躍するその異形を演じる皆さんは、漁師さんだったり消防員さんだったりです。
松林に足を踏み入れます。
桜の花びらがこんなところまで。
緑の松葉に桜色が織物のようです。
高田松原よりもっとふかふかしています。
ここは夏には、鉄砲百合の原になります。
黒松の影の下、真っ白な大きな百合が、朝靄にけぶり、強く香るつめたい朝は、異界に来たような気になります。
その時もこの波音はしています。
どろどろと、遠く。
時折、落雷の様にがらがらと響きます。
松林を抜けると、道に出ます。
視界が開けます。
「うわ」
白く空に溶ける水平線が丸く広がっています。
波の音が足下から迫ります。
どろどろと。
続く。