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こちらは岩手県大船渡市出身の小説家・野梨原花南の記憶・体験・創作による仮想旅行記です。
「被災地」ではない各地の顔を知って欲しく開設いたしました。
楽しんでいただければ幸いです。

2012年1月26日木曜日

第十三回 観光しましょう。碁石海岸・1




 けっこう立派なお社に参拝して、顔を上げると金野さんが言いました。
「はいほんでは戻るど」
 金野さんに言われてあなたはつい横目で見てしまいます。
「……こんな思いしてのぼってきたのに?」
「見る物ねーべや。碁石さ行って戻ったら、駅前の寿司屋で寿司くうべよ。ほんでそのあど吉浜さ行って、五葉さ行って」
「すみません山もういいです」
「なんでやーあ!」
「しんどいですもん!」
「何やこんくらいで」
「ちょ、あの、都会の若者の意見聞きたいんですよね?」
「はぁまず」
「何ですかその曖昧な間」
「いやおもしろくでな」
「おもしろがられたら面白くないです」
「やんだーあんだ真理だなやー!」
 心底感心して言われてちょっといらっとしますね。
 ファイト。
「わかりました、じゃあその碁石に連れてって下さい」
「おし、降りるど。階段で行くべ」
「え」
 金野さんはすたすたと行ってしまいます。

 階段の下りは早いですがとても怖いです。
 手すりがあってよかったですよね。


 金野さんはメットを渡してくれました。
 荷物はあとで取りに来るようです。
 あなたを後ろに乗せて、バイクは走り出します。
 方角は、高田に戻る感じですね。道は国道。四車線です。
 途中きつい坂を登り、見晴らしがいいです。海が綺麗です。
 人の暮らしが見えます。
 干された洗濯物、古い倉、量販店、網を干している家もあります。遠く霞む山。空の青はどこか薄いです。
 風が吹くと少しきついほどの桜の香り。椿と小手毬の溢れる家々の庭。
 光る海。
 下って、やがて線路と並走します。また上がって、海が近いです。魚市場が見えます。カモメが山になっています。廃棄された魚に群がっているのでしょう。
 もう市場は閉まって、静かです。
 また下って少し行くと船が停泊している湾に出ます。
 細浦湾です。
 少し生臭い、静かな道です。
 人があまり見えません。
 ただ、古い小さな家々と、花が。
 若い緑が。
 緑色に光る、海が。
 そして使い込まれて手入れをされた船がたくさん、舫って、揺れています。
 そこを過ぎてまた畑や民家のある景色。
 堤防を過ぎて、また上ってやっぱり海が見えます。
 登りきると松林です。
 その手前に大きな駐車場があって、レストハウスがあります。
 大変昭和の香りがします。
 人はあまりいません。
 左手に温室の様な物があります。
「世界の椿館」と言って、椿を集めたところです。
 大船渡市の花は椿です。
 レストハウスの駐車場はぐるりと大きな桜に彩られています。
 今、満開です。
 金野さんはがらがらの駐車場にバイクを停めました。
「着いたど」
「……はい」
 あなたは降りて、メットを金野さんに渡しました。
 遠く、どろどろと波の音がしています。
 そのほかは全く静かで、鳥の声だけします。
「俺ここ好きなの」
「はあ」
 金野さんは歩き出します。
 桜が見事です。
 ここでお祭りがあって、その時には鹿踊りが披露されます。重い装束と太鼓をつけて、1メートルも跳躍するその異形を演じる皆さんは、漁師さんだったり消防員さんだったりです。
 松林に足を踏み入れます。
 桜の花びらがこんなところまで。
 緑の松葉に桜色が織物のようです。
 高田松原よりもっとふかふかしています。
 ここは夏には、鉄砲百合の原になります。
 黒松の影の下、真っ白な大きな百合が、朝靄にけぶり、強く香るつめたい朝は、異界に来たような気になります。
 その時もこの波音はしています。
 どろどろと、遠く。
 時折、落雷の様にがらがらと響きます。
 松林を抜けると、道に出ます。
 視界が開けます。
「うわ」
 白く空に溶ける水平線が丸く広がっています。
 波の音が足下から迫ります。

 どろどろと。



 続く。