ようこそ

こちらは岩手県大船渡市出身の小説家・野梨原花南の記憶・体験・創作による仮想旅行記です。
「被災地」ではない各地の顔を知って欲しく開設いたしました。
楽しんでいただければ幸いです。

2011年3月23日水曜日

第三回 猊鼻渓・一

ホイッスルが響き、チャイムが鳴ってアナウンスが流れます。
『本日は大船渡線ドラゴンレール号にご乗車くださいましてありがとうございます。
ただいまよりドラゴンレール号の案内をさせていただきます』

おや、こんな素敵な動画がありました。
09.7.20 ドラゴンレール号 一ノ関発車後アナウンス おまけつき

ところで車内は混んでいます。席は決して広くなく、おばさまがたの膝と触れあってしまいそうで少し緊張します。
ピーナッツはおいしいですが、ゴミをどうしようか困っていると
おばさまのひとりが袋を出してくれました。
「ここさ。ほれ。なげてハ」
ここへどうぞ、お捨てくださいな。
「あっ、すみませ……」
言われるままにあなたはピーナッツの殻を捨てます。
礼を言いましたがおばさまは聞きもせずに、また話の輪の中に入っていきます。
電車は、唸るような音を立てて進んでいきます。
車窓の景色が流れていきます。
一ノ関の市内を抜けてしまうと、郊外の住宅地です。二階建ての家が多く、高い建物は見当たりません。
車窓は明るく、風景はうららかです。
遠くになだらかに山脈が見えます。
空がぼんやりと薄青く、春の色です。
桜が咲いています。木蓮も咲いています。あれは梅でしょうか。白いのは雪柳。庭先の花はチューリップですね。
人の姿はあまり見えません。
やがて三分ほどすると、水田が現れます。
日に煌めいて風に水が波打ちます。田植えが終わった田もあります。
畑には鳥避けのメタルテープが張られてキラキラしています。
その全てに山が迫っています。
春の山です。
多彩な緑が霞の様に山全体を覆っている山、植林の杉の線がくっきりしている山と様々です。
おばさまたちは話し続け、おじさまたちは泰然としています。
電線のない空を、鳥が滑るように飛びます。
林の下土が、照らされて赤く白く輝きます。
やがて、山の中に入ります。迫ってくるような山肌が現れます。
雑木の林の若葉が、柔らかいみどいりろで、下生えの花が咲いています。
日陰になると、目がいたいような気になるのは、今までが明るすぎたのでしょうね。
真滝・陸中門崎・岩ノ下と到着する度に、数人の出入りがあります。
山を抜けて田が広がり、集落があり、また山に入ります。
三十分ほどで猊鼻渓に到着します。
山肌の植物や、空をぼんやり眺めていたあなたは、唐突に視界が開けたことに驚きます。
電車の音が開放されて、聞こえ方が変わります。
渓谷にかかった鉄橋があり、電車はそこを通っているのです。
水は青く黒く澄んで流れ、なんだか暗い翡翠の様です。波が立って白く輝きます。
切り立った岸には差し込んだように木々か生え、視線の下を横切って鳥が飛びます。
「トンビだ」
おじさまがおしえてくれます。
「砂鉄川だ」
また教えてくれました。
「砂鉄が取れたんですか?」
「ンだ。いい鉄と、金も昔採れたのす。んで金色堂がよ。田村様の時代だれば、おなごも綺麗だんでハ、都に持ってかれで、今は出がらしばりだな」
おばさまたちが笑います。
「やんだーこんなにめんこいお姫様つかまえで!あんだ村上のかーさん、とーさんにちゃんと言っておがいよ」
おじさまのとなりのおばちゃんが笑います。
「はいはい。なぁなぁとーちゃん、おれめんこいべよう」
おじさまがプッと笑います。
「まぁ、おらいのかあさんチェ・ジウよりめんこいでばな」
おばさまたちがキャーキャー言います。
正確にはやんだーあんだーやんだーあんだーと言います。
なんだか照れくさいです。おばさまの顔がちょっと赤いです。
おじさまは目を細めておばさまを見て、それから帽子を顔にのせます。
「おら気仙沼まで寝るからね」
「やんた村上さんおしょすいがらって」
「あ、ほんだ。あんだ、猊鼻渓みねぇのすか?」
おじさまが帽子を取って言います。
「あっ、えっ」
「日本百景だぞ」
そうか。
では観ていきましょう。ちょうど列車は減速して止まるところです。
あなたは荷物を持ち直して、おじさまとおばさま方に挨拶をして列車を降ります。
ホームには何もありません。
観光客がちらほらいます。
発車の音楽が鳴りホイッスルの音がして、電車は出ていきます。
あなたは振りむいて、電車の中のおばさま方に手を振ります。
おばさま方は見向きもしません。
情が厚いのか薄情なのか判りません。
電車が行ってしまうと、静かです。
鳥の声と風に木々が揺れる音がします。
観光客のみなさんが行く方向へついて行ってみましょう。
駅から猊鼻渓は徒歩五分ほどです。
舗装道路を歩いて、民家の横を通り抜けて下っていくと、駐車場に出ます。
そこそこの数が止まっている駐車場横を抜けると、土産物屋の人らしいおばさまが
「よってってー! うちよってってー!」
と呼び込みをしています。
なんとなく、そこではなく少し奥のレストハウスに向かいます。
「猊鼻渓船下り」
と看板があり、あなたはレストハウスに入って、声をかけます。
「あの、すみません、船下りって」
「はーい。少々お待ち下さいー」
おや、若い女性の声で訛っていません。
おみやげ売り場の奥から、店員さんが出てきてくれました。
「船下りでしたら、そこをこういって、大人一人千五百円です」
身振り手振りで教えてくれました。
「ありがとうございます」
「あと、時間ですけど、発着時間はこれです。次は12時になりますね」
ちょっと時間がありますね。
二階が食堂になっているようです。
「じゃ、上、で」
「はい、どうぞ」
「げいび蕎麦がおすすめですよ」
うふふ、と女性は笑います。
「あ、はい……」
あなたは二階に上がります。
「いらっしゃいませーぇ」
やっぱり訛っていません。
「あいてるお席おすわりくださーい」
空いてる席に座ります。
別の所では、団体客が食事をしています。
お茶を出されて、
「げいび蕎麦下さい」
と、あなたは注文します。
「はい」
と店員さんが言います。
窓からの景色は、成る程、凄いです。
切り立った崖にわさわさと緑がはえています。崖の肌は白いです。
流れる河を見ているだけで、ぼんやりしてきます。
「はいおまたせしましたーげいび蕎麦いっちょーう」
出されたモノを見てあなたはちょっと目が細くなります。
何これ。
蕎麦の上に刺身。
とか。
刺身?
「……いただきます……」
お箸を一膳取って、食べ始めます。
温かい蕎麦に刺身。
まぁ魚しゃぶしゃぶみたいなもので……えーなんか……えー。いやけっこう……えー。蕎麦はおいしい……海藻と山菜がすごくはいって……えー。
平らげて、お茶を飲みます。
なんか納得いかない。おいしいけど。
あなたは精算して外に出ます。売店で、棒アイスが売っていたので、ミルクバーなんか買います。
河原を歩きながら食べます。
河原は光が満ちて明るく、水の流れる音がします。鳥の声がいくつもします。
大きな白い鳥が飛んで行きます。
首とくちばしの長い鳥。
河原は歩きにくいので気をつけて下さいね。

さて、そろそろ船着き場にいきましょう。
あちらから、船が戻ってきたようです。
ところでこれなんでしょう。カッコイイですね。

続く。