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こちらは岩手県大船渡市出身の小説家・野梨原花南の記憶・体験・創作による仮想旅行記です。
「被災地」ではない各地の顔を知って欲しく開設いたしました。
楽しんでいただければ幸いです。

2011年5月24日火曜日

第七回 陸前高田市での朝食



昨夜はイカげそを食べたら吸盤が口の中にひっついて、偉い目にあってそれをゲラゲラ笑われたなぁ。
と、ぼんやり思いながら貴方は目を醒まします。
温かい布団の中で、知らない家の香りがします。
一階では小さくラジオの音と、人が起きて動いている音がします。
カーテンの隙間から見える空はまだ真っ暗です。
あなたは起き出して電灯をつけ、もそもそ着替えをします。
時計を見るとまだ五時です。
寝ぼけ眼で階下に降りていくと、かーさんがもうぱたぱたと働いていました。
「あらおはよう。なんと早いこと」
ビッグマム斉藤さんが、カーラーのついた頭で挨拶してくれました。
服をちゃんと着て、エプロンもつけているのにカーラーはまだなんだ。
化粧も終わってるのに不思議な感じがしますね。
「おはようございます……」
「村上さん、一回家さ戻ったから。ほら、そっちでテレビ見てらい。顔洗うんだればそっちな。
 何使ってもいいから」
「はい、すみません……」
あなたは、トイレに向かって歩きますが、余りに寒くて歯の根が合わないようです。
足下からしんしんと冷えて、トイレで用を足して、洗面所で水を出したら肌が切れそうにつめたい水です。
もう春なのにやはり北ですね。
小走りに居間に行くと、こたつに肩まで潜り込んでホッとします。
盆に朝ご飯をのせたビッグマム斉藤さんがやってきます。
慌てて貴方が起きるのに
「寒いべぇ。どんぶぐもってくっから。これ朝ご飯食べらいな」
と言われ、貴方は礼を言って盆の上のものを見ます。
どんぶぐってなんでしょう。
ごはん、海草のおみそしる、塩を噴いている一切れの魚、卵焼き、三つ葉のおひたし、黄色のたくあん、
それになぜか真っ白で、海苔の入っている……納豆。です。
「はい、これせなかにかけて」
どさりとかけられたのは綿入れ半纏でした。
じんぶぐってこれか。
「ありがとうございます、あったかいです」
と礼をいいましたが、斉藤さんはあっという間に台所です。
「あんだ、ほかになにかいるが?」
「あっいえ、もう充分ですです!」
「今なめたののこりもってくからよ」
聞かない。
ホントにひとのはなししきかない。
斉藤さんは皿に、ナメタカレイの煮付けを盛ってきました。
冷たいままで煮こごりが実においしそうではあります。
「わぁ……いただきます」
「はい」
斉藤さんはラジオを消してテレビをつけました。
まだテレビ放送が始まっていないので、録画していたらしい韓流ドラマです。
あなたは、こんなにいらないのになと思いながら食事をします。
美味しいのですが。
ところで、この塩を噴いている魚を食べてみましょう。
鱒か鮭のようですが。
食べます。
「……ッ」
激しく塩辛いです。
一周して甘いです。
痛いというか一周半して甘すぎて苦いです。
ごはんを食べます。
ごはんってすてき。
お味噌汁ってステキ。
お茶ラブ。
斉藤さんもお茶を飲んでいます。
「こっ、これ、なんですか」
「塩引き。うんめぇべ。ああ、残していいからね」
「あ、は、はい」
美味しいような気も、しなくもないですが、まあともあれ激しいですよね。
そしてあなたはおそるおそる納豆に手を出します。
少しだけごはんにかけます。
なんでこんなに白いんだろう……。
かけて食べます。
なにか、おかしいです。
知らない味です。
甘い……
砂糖醤油の味がします……
「あの……これ……」
「ん?」
「お砂糖……?」
「少ないか」
「いえ、あの、初めてなもんで」
「あらそうなの。うんめぇべ」
なんでそう揺るぎない自信を持っているのかと。
ともあれ、貴方は食事を進めます。
ナメタカレイの煮付けの煮こごりはとても美味しいです。
斉藤さんは
「やんだーあんだーなんでやー」
とかいいながらヨン様を見つつ泣き出しました。
ティッシュで鼻をかんだところを見計らって訊いてみます。
「あの、おじさん達は」
「とうさんがた漁だ。とっくに出たよ。あ、あんだ、壁によ、ダウンジャケットかかってっぺ。
 あれ着て、もうすこししたら出らい」
「え」
「松原行がい」
「は、はい……」
なんでこう押してくるんだろう。
思いながらあなたはおそるおそる塩引きをもう一口食べます。
ああっしょっぱくて辛くて甘くて苦い。くせになりそう。
砂糖納豆も食べます。
多分ここのひとはトマトに砂糖なのかなと思いながら。
食べ終わって、食器を流しに置いて、洗って戻ってくると斉藤さんはテレビに釘付けです。
「やんたあんた、どうなるのやー」
ひとりごとです。ヨン様は返事をしません。
「あっじゃぁ、あの、ジャケットお借りしますね」
「はいよー」
ジャケットを手にとって、着込んだ貴方はかなりびっくりします。
だってなんか絶対高いもんこれ。
「あの」
「なにや」
「これ高いんじゃ」
「いいのよ、二着も三着もあるから」
漁師金持ちだなぁ……いや、漁に必要だからなのかな……色々まわりますが、とにかくあなたは
じゃあいってきますと外に出ます。
一応デジカメとお財布は持って行きましょう。
外に出ると、東の空が白んでいます。
鳥の声が騒がしい夜明けです。緩く風が吹いています。
車の音もまばらです。
ちょっと昨日とは別のルートをいってみましょう。
少し漕ぐと、道沿いに古民家が建ち並ぶ道があります。
街はまだ、起きてはいないようですが、ひとの気配はあります。
たまに車が走っています。
冷たい空気が肌を裂くようですが、ジャケットが暖かさを守ってくれています。
国道に出ると、トラックがスピードを出して走っています。
誰も人が通らないのに変わる信号は、少し胸が騒ぐ風景ですね。
交通量は少ないので、あなたは歩道を自転車で行き、高田松原に到着します。


                 続く。

2011年5月3日火曜日

第六回 陸前高田市での夕食


急いで帰らないと真っ暗になってしまいます。
けれど国道沿いは明るく、自転車は軽快に進みます。
あなたはなんとか斉藤さんの家に戻ります。
大きな庭に入り、自転車を適当に止めて、玄関をからからとあけます。
「た、た、ただいまでーす」
なんと言っていいのかわからずそう言います。
少し恥ずかしいような木がしますよね、自分の家でもないので。
奥の方ではテレビの音と笑い声がします。
ぱたぱたとスリッパの音がして、恰幅のいいおばちゃんパーマのおばちゃんが、化粧顔でやってきます。
変なエプロンをしています。
「はいはい。お客さんな。おれ、斉藤さんのかーさんだ。松原行ったの」
「えっ、あっ、はい」
「ほれ、足ふいて。お風呂はいらい」
「は!?」
差し出されたやたら肉厚なタオルを受け取って、貴方は声を上げます。
「あれだべ。波さはいって、服濡れたべ」
「えっ、は、はい」
なぜばれている。
あなたは驚きます。
「あっという間に満潮になるんだもの。波高いからね、この時間。着替えはあるんだべ。洗濯するから明日、ここさ取りさ来」
「へ、そ、そんな、申し訳ないですそんな」
「いいがらフロはいらい。ボイラーもったいねーもの。上がって右だから。トイレ隣な。ほんだらかーさん忙しいがら台所にいるがら。わかんなかったら呼ばいよ」
言うだけ言って、斉藤のかーさんは行ってしまいました。
あなたは仕方なく、タオルで足をふいて、砂を落として上がります。
上がって右の廊下を歩くと、なるほど、扉がありました。
トイレをすませてフロに入ると、空気がひんやりしています。
ゴーンと音がして、ボイラーが動いています。
あなたは手桶を取って湯を被ります。
「うおあああああああっちゃぁああおおお!!」
あまりに熱いので叫びます。
慌てて水を出して掻き回して、ちょうど良くします。
その間に髪を洗って身体を洗い、お風呂に入って気持ちがいいです。
外に出ると、なぜか見知らぬ着替えがちょこんと置いてあって、もう抵抗する気もないあなたはしずしずと着衣します。
濡れたままの髪で、台所に行くと声をかけます。
斉藤さんのかーさんと村上さんのかーさんが、エプロンをつけて笑いながら調理しています。
「ありがとうございましたー」
「はい、さっぱりしたこど」
斉藤さんのかーさんが言い、貴方は気を利かせます。
「あの、お湯、温度、丁度よくしておきましたんで」
かーさんふたりは視線を合わせ、斉藤さんのかーさんは壁の湯温調節パネルを見ます。
「44度でぬるがったべがね」
「ほら、江戸っ子だものよ」
「あらー」
かーさんふたりは言いますが貴方は内心ツッコミます。

熱 い っ て 。

「え、いや、あの、みず、うめちゃっ……」
風呂場からとーさんの声がします。
「何やー!!ぬるいー!!」
斉藤のかーさんが言います。
「追い炊きしらい!!」
「え、あ、すみません」
「いやいやいいのよ。言えばこの辺寒いものな。そうかー。江戸っ子も熱いのがー。あ、あんだそこの煮付けと刺身もってってけらいや」
「あっはい。あと手伝うこととか」
村上のかーさんが笑って言います。
「うちのとーさんの酒ッコの相手してでけらい」
言われるがまま、ふきの煮付けと魚の刺身を持っていくと、顔が真っ赤になった村上さんが手酌でコップで飲みながら、こたつに入ってテレビを観ていました。
「あっ、注ぎましょうか」
あなたは座って言うと、村上さんは無言で瓶を上げ、からのコップを持つように貴方に示します。
あなたは仕方なくコップを持って、酒を注がれます。
なみなみつがれた酒を一口飲むと、さわやかで酸味のつよい、けれど腰のしっかりした酒です。
「う、うまい、ですね、これ」
村上のとーさんは頷くといきなり
「さぁぁあけぇええは酔仙、ほんづーくぅうううううりぃぃぃいいい」
と唸りました。
「地酒だ」
誇らしげに鼻息を吐いて、とーさんは嬉しそうです。
どうやらCMソングのようですね。
「松原なじょだった」
「はあ、綺麗なとこですね」
「朝まにも行け」
「は?」
「明日、朝まにも行け。きれいだから」
「……はい」
まぁ泊めて貰うんだし(頼んでませんが)
お食事もいただくんだし(頼んでませんが)
それくらいは言うこときいてもいいかな、だるいけど。
思いながら酒を飲み、真っ黄色のたくあんを摘みます。
とーさんは味の素を漬け物にばさばさかけます。
「うめぇぞ。おごごに味の素」
「おごご……」
「香の物って言うべ。お香好、からおごごだな。古語だべ」
「はあ」
食べてみます。
美味しいです。
なにか、つけものに味の素どばどばかけるのは抵抗はあるかもしれません。
煮物に箸をつけます。
かつおぶしと白魚が載っていて美味しいです。
刺身は全く生臭くなく舌の上でもしっかりしています。
「おい、おまたせしましたよ」
かーさんたちが大きな盆に色々載せてやってきました。
ごはん、お味噌汁、魚の煮付け、焼き魚、ワカメの酢の物、小さい皿に味噌やら、木の芽のあえたのやら盛りだくさんです。それをこたつの上にちゃきちゃき並べおわったころに、斉藤さんのとーさんがやってきました。
「あんだ、お湯埋めだら湯冷めすっぺどよう」
不満を言われ、謝ってしまいます。
「あ、す、すみませ」
「はい、そしたらねぇ」
斉藤さんのかーさんがいいます。
「どんこ汁、なめたの煮付け、鰯の塩焼き、わかめの酢の物、これ、メカブ、こっちばっけ味噌、去年のだども山椒味噌」
斉藤さんのとーさんが言います。
「いただきます」
全員何となく言います。
「いただきます」
貴方も言って、まずは白米を食べます。
「お、おいしい、ですね」
「んだべぇ。ここでとれだの。もらったの。高田でつくってるの」
「ほら、鰯も食べらい。俺が獲ったんだ」
正直鰯は骨が多いし脂がきついものです。
あなたは箸を動かして、身をほぐしていきます。一口食べて驚くでしょう。
「……おいしいですね!」
「んだ。鰯甘いんだ。脂もさほどでないべここらの」
「案外あっさり、わあおいしいこれ」
食べていくと、村上のかーさんがいいます。
「ばっけ味噌、うめーからね」
「なんですか」
「ふきのとう入れた味噌だ」
食べます。ほろにがです。
どんこ汁ってなんだろうと思ったら、なんだか魚が入っています。ぶつ切りで白身です。コレはコレで。あとは大根とゴボウと人参です。
メカブは酢醤油でこりこりねとねとです。
わかめもこりこりです。分厚いです。
なめたの煮付けは、ナメタカレイですね。茶色に煮られています。
ほろりと崩れる白身が甘いでしょう。
つけられたテレビで野球をやっていて、とーさんたちの声が酔っていきます。
「あんだ、村上さん。おら、ドバイの話し聴きてえな。泊まっていかいや」
斉藤さんのかーさんが、ビールを飲みながら言います。
村上さんのかーさんが答えます。
「おればかまわねよ。岩手川ねぇか」
「ハイハイ」
斉藤さんのかーさんが台所に立ち、村上さんのかーさんがあなたに言います。
「あんだ、ここさ泊まれ」
「は?」
「おらども泊まるから。ほんでな、明日、起こすからや。松原見て来や」
「……さっき、みて……」
一応言ってみます。さっきもとーさんに勧められたわけですが。
「朝の松原きれいだよー」
斉藤さんのかーさんが酒瓶とコップを持ってやってきました。
「はいはい岩手川」
地酒のようです。
「うふふ甘いのよ。飲むか」
勧められ、飲んでみたお酒は、やはり確かに甘くて、美味しかったです。



続く。