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こちらは岩手県大船渡市出身の小説家・野梨原花南の記憶・体験・創作による仮想旅行記です。
「被災地」ではない各地の顔を知って欲しく開設いたしました。
楽しんでいただければ幸いです。

2011年5月3日火曜日

第六回 陸前高田市での夕食


急いで帰らないと真っ暗になってしまいます。
けれど国道沿いは明るく、自転車は軽快に進みます。
あなたはなんとか斉藤さんの家に戻ります。
大きな庭に入り、自転車を適当に止めて、玄関をからからとあけます。
「た、た、ただいまでーす」
なんと言っていいのかわからずそう言います。
少し恥ずかしいような木がしますよね、自分の家でもないので。
奥の方ではテレビの音と笑い声がします。
ぱたぱたとスリッパの音がして、恰幅のいいおばちゃんパーマのおばちゃんが、化粧顔でやってきます。
変なエプロンをしています。
「はいはい。お客さんな。おれ、斉藤さんのかーさんだ。松原行ったの」
「えっ、あっ、はい」
「ほれ、足ふいて。お風呂はいらい」
「は!?」
差し出されたやたら肉厚なタオルを受け取って、貴方は声を上げます。
「あれだべ。波さはいって、服濡れたべ」
「えっ、は、はい」
なぜばれている。
あなたは驚きます。
「あっという間に満潮になるんだもの。波高いからね、この時間。着替えはあるんだべ。洗濯するから明日、ここさ取りさ来」
「へ、そ、そんな、申し訳ないですそんな」
「いいがらフロはいらい。ボイラーもったいねーもの。上がって右だから。トイレ隣な。ほんだらかーさん忙しいがら台所にいるがら。わかんなかったら呼ばいよ」
言うだけ言って、斉藤のかーさんは行ってしまいました。
あなたは仕方なく、タオルで足をふいて、砂を落として上がります。
上がって右の廊下を歩くと、なるほど、扉がありました。
トイレをすませてフロに入ると、空気がひんやりしています。
ゴーンと音がして、ボイラーが動いています。
あなたは手桶を取って湯を被ります。
「うおあああああああっちゃぁああおおお!!」
あまりに熱いので叫びます。
慌てて水を出して掻き回して、ちょうど良くします。
その間に髪を洗って身体を洗い、お風呂に入って気持ちがいいです。
外に出ると、なぜか見知らぬ着替えがちょこんと置いてあって、もう抵抗する気もないあなたはしずしずと着衣します。
濡れたままの髪で、台所に行くと声をかけます。
斉藤さんのかーさんと村上さんのかーさんが、エプロンをつけて笑いながら調理しています。
「ありがとうございましたー」
「はい、さっぱりしたこど」
斉藤さんのかーさんが言い、貴方は気を利かせます。
「あの、お湯、温度、丁度よくしておきましたんで」
かーさんふたりは視線を合わせ、斉藤さんのかーさんは壁の湯温調節パネルを見ます。
「44度でぬるがったべがね」
「ほら、江戸っ子だものよ」
「あらー」
かーさんふたりは言いますが貴方は内心ツッコミます。

熱 い っ て 。

「え、いや、あの、みず、うめちゃっ……」
風呂場からとーさんの声がします。
「何やー!!ぬるいー!!」
斉藤のかーさんが言います。
「追い炊きしらい!!」
「え、あ、すみません」
「いやいやいいのよ。言えばこの辺寒いものな。そうかー。江戸っ子も熱いのがー。あ、あんだそこの煮付けと刺身もってってけらいや」
「あっはい。あと手伝うこととか」
村上のかーさんが笑って言います。
「うちのとーさんの酒ッコの相手してでけらい」
言われるがまま、ふきの煮付けと魚の刺身を持っていくと、顔が真っ赤になった村上さんが手酌でコップで飲みながら、こたつに入ってテレビを観ていました。
「あっ、注ぎましょうか」
あなたは座って言うと、村上さんは無言で瓶を上げ、からのコップを持つように貴方に示します。
あなたは仕方なくコップを持って、酒を注がれます。
なみなみつがれた酒を一口飲むと、さわやかで酸味のつよい、けれど腰のしっかりした酒です。
「う、うまい、ですね、これ」
村上のとーさんは頷くといきなり
「さぁぁあけぇええは酔仙、ほんづーくぅうううううりぃぃぃいいい」
と唸りました。
「地酒だ」
誇らしげに鼻息を吐いて、とーさんは嬉しそうです。
どうやらCMソングのようですね。
「松原なじょだった」
「はあ、綺麗なとこですね」
「朝まにも行け」
「は?」
「明日、朝まにも行け。きれいだから」
「……はい」
まぁ泊めて貰うんだし(頼んでませんが)
お食事もいただくんだし(頼んでませんが)
それくらいは言うこときいてもいいかな、だるいけど。
思いながら酒を飲み、真っ黄色のたくあんを摘みます。
とーさんは味の素を漬け物にばさばさかけます。
「うめぇぞ。おごごに味の素」
「おごご……」
「香の物って言うべ。お香好、からおごごだな。古語だべ」
「はあ」
食べてみます。
美味しいです。
なにか、つけものに味の素どばどばかけるのは抵抗はあるかもしれません。
煮物に箸をつけます。
かつおぶしと白魚が載っていて美味しいです。
刺身は全く生臭くなく舌の上でもしっかりしています。
「おい、おまたせしましたよ」
かーさんたちが大きな盆に色々載せてやってきました。
ごはん、お味噌汁、魚の煮付け、焼き魚、ワカメの酢の物、小さい皿に味噌やら、木の芽のあえたのやら盛りだくさんです。それをこたつの上にちゃきちゃき並べおわったころに、斉藤さんのとーさんがやってきました。
「あんだ、お湯埋めだら湯冷めすっぺどよう」
不満を言われ、謝ってしまいます。
「あ、す、すみませ」
「はい、そしたらねぇ」
斉藤さんのかーさんがいいます。
「どんこ汁、なめたの煮付け、鰯の塩焼き、わかめの酢の物、これ、メカブ、こっちばっけ味噌、去年のだども山椒味噌」
斉藤さんのとーさんが言います。
「いただきます」
全員何となく言います。
「いただきます」
貴方も言って、まずは白米を食べます。
「お、おいしい、ですね」
「んだべぇ。ここでとれだの。もらったの。高田でつくってるの」
「ほら、鰯も食べらい。俺が獲ったんだ」
正直鰯は骨が多いし脂がきついものです。
あなたは箸を動かして、身をほぐしていきます。一口食べて驚くでしょう。
「……おいしいですね!」
「んだ。鰯甘いんだ。脂もさほどでないべここらの」
「案外あっさり、わあおいしいこれ」
食べていくと、村上のかーさんがいいます。
「ばっけ味噌、うめーからね」
「なんですか」
「ふきのとう入れた味噌だ」
食べます。ほろにがです。
どんこ汁ってなんだろうと思ったら、なんだか魚が入っています。ぶつ切りで白身です。コレはコレで。あとは大根とゴボウと人参です。
メカブは酢醤油でこりこりねとねとです。
わかめもこりこりです。分厚いです。
なめたの煮付けは、ナメタカレイですね。茶色に煮られています。
ほろりと崩れる白身が甘いでしょう。
つけられたテレビで野球をやっていて、とーさんたちの声が酔っていきます。
「あんだ、村上さん。おら、ドバイの話し聴きてえな。泊まっていかいや」
斉藤さんのかーさんが、ビールを飲みながら言います。
村上さんのかーさんが答えます。
「おればかまわねよ。岩手川ねぇか」
「ハイハイ」
斉藤さんのかーさんが台所に立ち、村上さんのかーさんがあなたに言います。
「あんだ、ここさ泊まれ」
「は?」
「おらども泊まるから。ほんでな、明日、起こすからや。松原見て来や」
「……さっき、みて……」
一応言ってみます。さっきもとーさんに勧められたわけですが。
「朝の松原きれいだよー」
斉藤さんのかーさんが酒瓶とコップを持ってやってきました。
「はいはい岩手川」
地酒のようです。
「うふふ甘いのよ。飲むか」
勧められ、飲んでみたお酒は、やはり確かに甘くて、美味しかったです。



続く。