第八回 高田松原
国道45号線から海の方へと続く道。
細い舗装道路には、吹き寄せられた砂がたまって、それを踏む自転車のタイヤがしゃりしゃりします。
高いコンクリートの防波堤に寄せるように自転車をとる、鍵をかけます。
水門は開けられていますが、上れそうなので上ってみます。
靄がかかっています。
波の音がします。
防波堤をころがりそうになりながら駆け下りて、足をつくとそこは松林の砂です。
雑草がぽそぽそと生えていて、松の香りが立ちます。
防波堤の中に入ったので、更に波の音が強くなります。
どん
ぱ
ざーん
どどん
どん
ぱ
ざざん
靄は濃く、白く、曲がりながら伸びる松の間に密集して動きません。
息が詰まるようです。
波音に引かれて歩きます。
じゃっ
じゃりっ
靴の下で砂が鳴ります。
生臭いような潮の香りがします。
靄は冷たく、身体にまといつきます。
なにか、世界が滅んだようです。
上を見れば、松が露を貯めてしん、と立っています。
鳥も飛ばず、風も吹きません。
松林を抜けると砂浜です。
広い長い砂浜も靄です。
夜が明けかけていて空が白く、晴れだか曇りだかまだわかりません。
どどろどん
遠くで、大きな太鼓のような音がして、大きな波が押し寄せて波頭が
ぱっ
と散って
どばーん
と崩れ落ちて
じゃわぁあああと広がって透明の水を広げて砂を巻き込みます。
ざざざざざ
かららららら
と砂や小石が巻いて寄せられ、砂で泡が立てられてソーダ水のように弾けて消えて行きます。
しゅわわわ
そして波は砂や小石を残して去り、また沖でどー……んと音がします。
空はどんどん明るくなります。
やはり、世界がとまったようです。
あ、と、あなたは気がつきます。
風がないんだ。
朝の凪です。
砂浜は靄の湿気を吸って重く、足が沈んで歩きにくいです。
打ち上げられた流木や海草、ゴミがあって、絵に描いたようには美しくはありません。
遠くで車のエンジン音がします。
波の音が延々と続きます。
息をするのがこわいようです。
海の色は判りません。
唐突に靄が動きます。
切り裂かれるように風が吹いて、靄を追い散らします。
ひょおお、と風が鳴って、松林がざざざと揺れて、靄を追い払っていきます。
鳥が鳴きます。
一斉に羽音がします。
雀やかもめや海猫や海鵜がとびまわります。
重い靄を追い払います。
この風はどこから、と疑問に思うほど唐突です。
そしてあなたは理解します。
東から一息に走る光。
夜明けです。
真っ赤な太陽が、最初は点として現れ、それから線になって。
先に温められた海が、風を起こして靄を払ったのです。
沖に漁船が見えます。何隻も。
もっと沖を目指して走ります。
養殖棚も見えます。
太陽が登ります。
世界に色がつきます。
海が輝きます。
山が春の緑です。
松は常緑に輝いています。
波頭が金色です。
やがて太陽が登って、今日は快晴だと見える頃には
真っ青な海です。
ところどころは緑色のまっさおな美しい海です。
松の香りがします。
心地よい風が吹き渡っています。
波が
波音が天に弾けます。
あなたはふと気を取り直して海に背中を向けます。
砂を踏んで歩き、コンクリートの歩道を踏み越えて、松林に入ります。
黒松が並んでいます。朝の光に長い影を落とし、縞模様を作っています。
左右に目をやると、整然とした美しさがあります。
下生えに、黄色い可憐な花が咲いています。
緑が鮮やかです。
堤防まで歩き、堤防に登って松原を見渡します。
夏には薄い桃色の昼顔、薄い黄色の待宵草が咲き乱れます。
海の家もあり、シャワー施設も、キャンプ場もあります。
子供たちは毎年、夏になるとこの海岸に来るのが楽しみです。
大人達も昔子供だったので、ここに来るのが楽しみです。
続く。