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こちらは岩手県大船渡市出身の小説家・野梨原花南の記憶・体験・創作による仮想旅行記です。
「被災地」ではない各地の顔を知って欲しく開設いたしました。
楽しんでいただければ幸いです。

2011年8月11日木曜日


第十回 終点 盛


「1万トン?」
 あなたの問いにおばあちゃんはうなずきます。電車は海を見おろす場所から、住宅街に滑るように降りていきます。
「でっけぇ舟が着くのさ。外国のな。ここさつけて、車で内陸にもってくのね」
「飛行機、とかは」
「量があるのはやっぱり舟になるんでないの。油やら鉄鋼やらよ」
 カモメが舞う町です。
 二階建てほどの庭付きの木造建築が並び、花が咲き誇っています。
「あっこいのぼり……」
 洗濯物の干してある庭に立てられた棹。
 その先に鯉のぼりが踊っています。
 踏切を通るときには大きな道が横切っていて、かんかん鳴る警報機がドップラー現象で後ろに去っていきます。
 自転車やバイクにのったひとが、待っているのも見えます。
 一際大きな看板が見えます。コミックのようなカモメのキャラクター。
「あ、知ってる。かもめの卵ですよね」
「そうそう。さいとう製菓さんな。ほかのも可愛らしくておれすきなのよう。かもめの卵もな、本店でできたて買うと、なかのあんこがほわほわしててうんめぇんだぁ」
「へえ」
「あどな、壺屋のゆべしとつぼつぼ最中。あと佐藤屋の柿羊羹。テラサワのバナナボートもうんめぇなぁ。あれ、テラサワさんばやめたんだったがな」
「いろいろあるんですね」
「ほんだよー。食べてがいね。あどガガニゴもうめぇなぁ」
「がっ。ガガニゴ?」
「ハイ。お獅子のな形してでな」
 左手にのしかかるような崖が現れました。右手は市街地です。
「うわこれなんだ」
「あー山けずらないと、道もなにもとおせないもの。リアス式だがらね」
 そんなもんなんだ。
 とぽかんとしている間に川を渡ります。
「盛川だよ」
「……なんかくさいんですけど」
「アマタケブロイラーの工場そこなのだよ。随分よくなったよにおい」
 ブロイラー。
 肉の加工工場ですね。
 アマタケブロイラーさんは全国に出荷している鶏肉の加工業者さんです。
やがて、車内アナウンスが流れ、車内が慌ただしくなります。
 それぞれが荷物を持ち、あるいは上着を着ます。
 風が吹くと桜が散ります。
「着くよ。ほんだらばーちゃん市場に行くから。昼までいるから」
 おばあさんは手を出してくれました。
 あなたは何となくその手を取ります。
 おばあさんは両手で握ってくれました。
 しわだらけで、乾いていて、少し荒れた手です。
「気をつけてね」
「ありがとうございます」
 電車は緑の中を減速し始めます。
 やがて停まります。
『終点、盛。盛に到着です。この先には電車は参りません。どなたさまもお気をつけてお降りください。また、三陸鉄道への乗り換えは改札を出て右でございます』
「三陸鉄道?」
「ああ、第三セクターでやってんの。釜石、宮古、山田と行くの。よく風にツッ飛ばされるけどあるど便利だな」
 海風の強いところがあるので、三陸鉄道は車両が吹き飛ばされたことがあります。
 あなたは上着を着て荷物を持ちます。
 おばあちゃんは自分の三杯はありそうな柳行李を詰んで紐で縛った荷物をしょってすたすた歩いて去ってしまいました。
 最後になってしまいましたがあなたも電車を降りましょう。
 なんというか。
 平たい駅です。
 線路をまたいでホームがあります。
 貨物列車が止まっていて、とても静かです。鳥の声がします。
 降りたホームからそのまま出られるようです。
 白く塗られた壁のペンキが、所々剥げています。
 切符をとってもらつて改札をぬけると、待合室です。
 コンクリートの床に木の壁。
 切符の販売機に窓口。
 ポスターが貼ってあります。暗いそこを抜けると、あかるい広場です。
 タクシーが何台かいて、バス停があります。
 まっすぐに伸びて、山に当たる広い道。その山沿いに交通量の多い道路があります
 ですがそこまでの道になぜは人気はあまりなく、道は静かに光っています。
 あなたはあたりを見まわします。
 なぜかアメリカンチョッパーのバイクがあります。
 ヘルメットを被ったサングラスの革ジャンの男性がいます。背が高いです。日焼けをしています。デビット 伊東に似ています。
 近づいてきます。
 なんでしたっけね、名前。
「あの」
 あちらから話しかけてきました。
「高田の斉藤さんから電話来たんだけんども」
「あ! はい! 松栄丸の!!」
 おじさんが笑います。
「んだんだ。おれ、金野というの。若い人むけの宿やろうと思ってて、意見聞かせて欲しいのよ。色々案内もするはんで、話きかせでけらい。2日3日泊まれるべがね。そうだど俺ば助かるんだどもよ。話きけで」
「あっこちらこそよろしくお願いします」
「いがった。ほんだらちょっと荷物置きにうちにいくべがね。後ろ乗らい」
 うし。
 ろ。
 金野さんは平然とバイクにまたがり、ヘルメットを差し出します。
 あなたは受け取ってヘルメットをかぶります。
 金野さんはエンジンをかけます。
 ドボドボドボと音がします。
 あなたは後ろに乗ってつかまり、バイクは進みます。
 駅前を抜けて国道に入ります。
 四車線。やはり山を掘って作った道だと分かります。半分になった山の上に鳥居。
 バイクは曲がり、細い道に入ります。左右に住宅があって、どんどん鬱蒼としていきます。
 やがてすっかり山の中になりました。舗装道路もなくなります。両側が雑木の山で、春の色彩に満ちています。
 バイクは一件の家の前に停まりました。下に川が流れています。山の斜面は菜の花畑です。
 エンジンを切ると、物凄く静かです。
 鶯が鳴きました。
 車窓からみた、若い緑の林の中に、あなたは今立っています。



   続く。