第十二回 観光しましょう・天神山公園
ひとのいない、明るい通りを歩いて、あなたと金野さんは国道を渡ります。
国道は車通りが多い四車線の道です。
金野さんは、途中の民家に荷物を預けて身軽です。
「あ、それ聖ハリストス教会。珍しい建物だべ」
金野さんが指差したのは、小さい、小屋のような木造建築です。
確かに、珍しくはありますが。洋風ではありますが。……小さいです。
「でむこうのがあたらしいやつ」
国道を挟んで向かい。白い壁の教会があります。
ああ。ちゃんと大きい教会です。よかった。
「んであっちがお寺さん。興味あれば行くど。いい建築だど」
あれ?
「……で、天照大神?」
「んだ」
「一カ所……」
「まどまってで便利だ。ホラ信号変わったど」
横断歩道を渡って、山の麓に立ちます。
そそり立つような斜面に、桜が立ち並び、鳥の鳴き声がします。
太陽に温められた草と木と土の薫り。
後ろを行く車の排気ガス。
「……のぼ」
「るど?」
「あし……」
「でだよ?」
ですよね……。とあなたは思い、右を見て、左を見ます。
「どっ……」
「ちでもかまわねぇよ」
右手にはまっすぐ切ってある階段。左手はつづら折りの道です。
「……階段上がれるんですかそれ。一段の段差きつくないですか」
とか言っている間に、自転車を置いた中学生らしい子達が現れて、キャーキャー言いながら駆け上がっていきました。ミニスカ女子たちです。
「余裕だでば」
「無理。斜面にします」
「なんだこっちいったらぱんつ見られるかもしんねぇど」
「いいですよそんなの。ってもう、あのこたちすごい上じゃないですか!」
「まああんなもんだ。いくどー。20分ぐらいだよ」
「……はい」
っていうことは、結構あるなとあなたは思います。
けれど、砂利のある急勾配の斜めの道は、桜の花の下、揺れる影がきれいですし、鳥の飛ぶ影が揺れて春っぽいです。
車の音が次第に遠くなっていきます。
別世界の様です。
が。
「金野さん、まって……」
金野さんはもう見えません。ひと折り上の端から声がします。
「先いってっからやー」
ひどい。
あなたはちょっとウンザリしました。
足痛いし、坂きついし、もう自分の息の音しかきこえないし、足下の石しか見たくもないし、ここ、普通にガチで山だし。
金野さんは先行っちゃうし、なんだこれ。
でも歩くしかないから歩いて、そしてあなたはふと顔を上げます。
満開の桜が覆う青空。
海の気配のする風景。
緑の山。
国道。町。
ほら、もうすこしですよ、がんばりましょう。
年越しには、凍結したこの坂を、子供たちが御幣を持って歩きます。
甘酒や御神酒のふるまいがあり、田楽味噌のつけられる煮込みこんにゃくがあります。
当然イカやホタテも屋台が出ますよ。賑やかなものです。
「い、い、い、たい、足」
なんとか登り切ると、そこには少し遊具があって、砂場があって、境内があって、神殿があります。
満開の桜と、手作りの沢山の鯉のぼり。
「わー」
「子供会のやつだ。めんこいべ」
「ですねー」
桜と鯉のぼり。白っぽい青空と風。
金野さんは遊具のバネ馬に乗っています。
「あーでも、つかれたー。すごいですね、ここのひとみんなこんな坂登るんです……か」
「んだよ。あれ、なじょした、目こすって。砂入ったべが」
「いえ、あの! すみません、なんか、そこに、駐車場が見える! 車とか駐めて! あるし! 細いけど舗装道路がッ」
「うん、旭町からまわるの」
「うんじゃないし! バイクはなんのためにあるんですか!」
「アハハー、おんもしれぇ顔だやー」
金野さんはゲラゲラ笑っています。
女子たちはひとかたまりになってケータイで何かかちかちやっています。
「iPodほしいなや」
「おら家のカーチャン買ってけんないもん。」
「パソコンいじりてぇよ。ほんで」
「出会い系」
「出会い系登録すっぺよー」
「彼氏ゲットだじゃい」
「やんたー。ほんでアレだべ悪いのにひっかかるんだない」
「まりちゃん、ダメだよ! おれどともだちだよ!?」
「ゆきちゃん!」
「なにや、出会い系全部犯罪の温床が。ねーがらやい。まずiPodどパケホー登録代がねーがらやい」
キャアキャア楽しそうです。
天気のいい昼間です。
君たち学校どうしたの……。
まずは息を整えましょう。
お疲れ様です。
つづく